東京コウモリ探検隊! 探索録

2026年探索前の話

アブラコウモリ探索はだいたい5月か6月に開始するのが恒例だが、その前に何をしているのか今回は述べてみる。
アブラコウモリを観察するだけならそれはいつでもいい。アブラコウモリは寒くても活動量はゼロにはならないからである。アブラコウモリは冬眠するが、必ず中途覚醒することも知られている。ただ中途覚醒の頻度はかなり低く、活動量はほぼゼロなので普通に観察に行っても無駄足になるのは確実である。
冬眠というと寒くなると急にバタッと眠って、暖かくなるとパチッと目が覚める、というイメージが普及しているが、実際は動物の種類や周囲の環境によって千差万別である。アブラコウモリの場合は気温が下がると活動量が減り、上がると増えるというものなので冬眠の開始・終了がいつであるとははっきりと言えない。同じ環境でも個体差がある。そのため、暖かくなってきたからアブラコウモリも増えてきたなー、という風にしか見えない。
それでも活動量が増加する特異日というのは存在する。春一番の日である。春一番とは南から温かい風が強く吹くことで、関東だとだいたい2月後半に発生する。今年2026年は関東では2月23日だった。東京の最高気温は22.9℃。2月に20℃オーバーというと異常気象のようにも見えるが、春一番なら異常でも不思議でもない。2月なので毎日この気温ということはないのである。
春一番でアブラコウモリの活動は増えることは増えるのだが、夜はまだ寒すぎるので本格的な活動にはならない。宮本隊長のアブラコウモリ探索では1回の探索行でなるべく多くの地点で観察をしたい。つまり活動量がある程度多くならないと効率が悪いのである。その程度がどのくらいかと言うと…これは経験からくることだが、日没時に20℃以上というのが目安となる。この場合、最低気温、つまり夜明け前の気温は15℃以上となり、一晩中アブラコウモリの活動が可能となる、というわけ。だが日没時に20℃以上というのは意外と難しく、ゴールデンウィークが終わるころにようやく安定して達成するようになる。ゴールデンウィークは探索の時間はたっぷりあってもアブラコウモリ観察にはちと早い季節なのである。去年はゴールデンウィークに探索に行ったがやはり早すぎたようだった…。

さて今年。アブラコウモリの前に宮本隊長の仕事の話をしておきたい。宮本隊長はアマチュア研究者である。つまりいわゆる会社仕事があり、私的な空いた時間でタヌキやアブラコウモリやキーボードの研究をしている。そのため研究に十分な時間があるわけではない。しかも会社仕事が不規則になりがちという悪条件である。会社仕事というのは事務仕事もある一方、現場に出ることも少なくない。重労働ではないが軽労働でもない、中労働といったもの。そして現場に行く時はだいたい早朝出勤になる。早朝出勤の場合4時起きになる。これが連日続いたりすることがある。この数年は現場で人が足りない状況がたびたび発生しその穴埋めによく駆り出されている。
今年の4月前半の15日間では早朝は5回、休みは4日だった。これぐらいはまだいい。4月後半から5月頭までの17日間は早朝は13回、ほぼ毎日。2回は通常時間の勤務。休みは2日だけ! 29日の祝日も事務所に出勤している。
朝が早いからといって早く帰宅できるわけでもない。私生活でも余裕はほとんどなくなってしまう。これでは疲労もたまるばかり。私もそんなに若くはないので無理はできない。ゴールデンウィークは完全に休養にあてざるを得なかった。つまりアブラコウモリ探索はできなかった。
ひとつ言えることは、アマチュア研究者は現場仕事をしてはいけない、ということ。定時に出社退社でき、確実に土曜日曜に休める仕事を選ぶべきである。

5月17日(日)に東京はいきなり30℃越えとなった。5月19日(火)は代休だったので最初のアブラコウモリ探索に行こうと思ったが、ぐったりして昼間はずっと寝てしまい機会を逃してしまった。ちょっと失敗。ただ、疲労はたまっているな…。

その前の話もしておこう。
東京タワーの横に芝公園という大きな公園がある。その公園内に芝丸山古墳というものがある。アブラコウモリ探索は名所観光でもある、ということに気づかれた方はいるだろうが、都会のど真ん中に古墳があるならば、そしてアブラコウモリもいそうならばそこは行くべき場所である。
2016年7月30日、この日は虎ノ門駅を出発し、愛宕山、東京タワー、芝公園を歩いた。終盤、Googleマップを見ながら芝丸山古墳に向かっていく。小さな神社がある所には着いたが、街灯はあるものの周囲全体を明るく照らし出すにはほど遠い。Googleマップではこの辺りが芝丸山古墳だと指し示していたが、Googleマップが必ずしも当てにならないこともよくわかっていた。さすがにこの暗闇で古墳探しは無茶があると判断しあきらめることにした。

そして今年2026年5月14日。久しぶりに用事で三田に行く機会があったのでついでに芝丸山古墳を確認しに行くことにした。そのうちまたアブラコウモリ探索で訪れることになるので、明るい時に現場を見ておこうということ。
近くの赤羽橋交差点ではアジア方面かららしい若い観光者たちが東京タワーを背に写真や動画を撮っていた。その順番待ちをしているらしい観光者もいる。どうやらここは有名な撮影スポットなのだろう。東京タワー全体がよく見える場所なのだ。
またGoogleマップを頼りに芝丸山古墳を目指していく。丘を登り、再び小さな神社の前に立つ。うーん、どこが古墳なんだろう。
ふと左手を見ると坂を登る階段がある。あれ、と思って登ってみる。そこを登りきった時、理解した! ここは古墳の上だ! 北の方を見ると円墳らしい円形の広場がある。ということはここは方墳の端っこか! 神社は古墳のふもとにあったということなのだ。前回は目の前に古墳があるのに気づかなかったというわけか…。

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写真は円墳から方墳を見たところ。左側に神社の屋根が見えている。

この古墳、明らかに築造時そのままの形ではない。1000年以上たっているのだからそれは当たり前だが、前方後円墳の形も大きく変わっている。それに妙な感じもする。ふもとからずいぶん高いのだ。この一帯は高台で、その南端に古墳が位置している。宗教的なもの、例えば寺社が眺めのいい高台の先端にあるというのはよくあることなので理解できる。だが、もともと高い場所にさらに土を盛り上げる、というのはどうも理解できない。この古墳は高台の上の平らな場所に土を盛り上げたのではなく、自然地形を利用して土を盛ったり削ったりしたのではないかと想像している。
ところで円墳のところにはなぜか伊能忠敬の碑がある。なぜ?

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方墳から円墳を見たところ。奥にあるのが伊能忠敬の碑。

標高の高い古墳から下りたところには丸山貝塚がある。と、Googleマップは示している。貝塚というと、二枚貝が堆積したところを想像して期待していたのだが、ふもとにそれらしいものはない。説明の看板があるだけ。埋め戻してしまったのかな。二枚貝の堆積を見て大喜びするヒトは、まあ、確かにあまりいないだろう。

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さてこの後はさらに西へ探索することにする。三田に戻って日向坂を下る。「ひゅうがざか」である。「ひなたざか」ではない。そこからさらに西の善福寺のイチョウは国の天然記念物である。敷地には入ることができないみたいなので、道路から眺めるだけ。ちょうど背後には大きなマンションがあり、せっかくの大木の眺めが台無しである。

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そこからまたさらに西へ。脇に暗闇坂なんて怖そうな名前の坂を見ながら、そのすぐ先に狸坂がある。タヌキザカですよ! 新しいアイドルグループの名前ではありません。アブラコウモリ探索ではコウモリがいそうな場所を優先するので、ここにはまだ来たことがなかったのです。狸坂は幅が狭い急坂。今日は下る方向に歩いたが、登りはきつそう。坂はそれほど長くない。かつてはタヌキが出るような場所だったのだろう。

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引き続き西へ進むと今度は上り坂がある。ここが狐坂である。今では都心にキツネはいないが、江戸時代には生息した。実際にここにはキツネがいたのだろう。狐坂は狸坂より傾斜が緩いが、距離が長い。坂を登っていったところに警察官が間隔をあけて並んでいるので何かと思ったら、そこは中国大使館の裏だった。

今日の探索はこれで終わり。有栖川宮記念公園の脇を通って広尾駅に行く。

こうして2026年のアブラコウモリ探索シーズンは始まるのだった。

筆了2026年6月

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