東京コウモリ探検隊!2017年調査報告書

2017ロゴマーク

執筆:宮本 拓海 (東京コウモリ探検隊!)
2017年12月


■1.前文

東京コウモリ探検隊!の5年目の観察の結果を報告する。

東京コウモリ探検隊!は東京都23区でのアブラコウモリの分布を調べることを主な目的にしている。
あいかわらず参加者数は増えていない。宮本も仕事の関係で昨年よりもさらに観察の回数が減った。

宮本は2017年も未探査地域を中心に歩いてアブラコウモリの生息を調査した。文京区、墨田区、渋谷区の全域にアブラコウモリが生息していることを確認した他、中央防波堤でも確認した。また、これまでと同じように自宅で定点観察も行った。

コウモリ観察は12月に入っても終了しなかった。冬でもアブラコウモリが活動する場所を宮本自身が発見したためである。

※注:文中に「DBN123」のように記されている数字は、データベースで目撃情報に割り振られた通し番号である。この報告書での通し番号は2017年の記録に限ったものである。

※注:気象庁のデータ(気温・風速)は下記ホームページから得ている。 地点は「東京都 東京」で代表している。
気象庁「過去の気象データ検索」 http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php

※注:本稿に掲載した地図は国土地理院発行の以下の数値地図を複製・使用した。
「数値地図5mメッシュ(標高) 東京都区部」
「数値地図50mメッシュ(標高) 日本II」

●2017年のアブラコウモリ調査参加者(登録順、敬称略)

宮本拓海
草間俊行
務台英樹

ウッチー

■2.調査結果

●調査方法

調査方法の詳細については「東京コウモリ探検隊!2017年調査計画書」をご覧いただきたい。

参加者は個別に観察して、宮本に結果を報告する。観察場所は参加者に任せているが、河川など観察しやすい場所を推奨している。また、できれば複数の地域メッシュでの観察をお願いしている。観察時間は日没時刻前後を推奨している。

●調査件数

今年の参加者数は5名。
観察記録の合計は271件。これには定点観察も含まれる。
観察記録が最多の参加者は宮本である(239件)。次いで務台の18件、岳の11件である。

定点観察は宮本が2ヶ所で行った。定点観察も毎回1件として記録している。宮本自宅(杉並区)が22件、新港南橋(港区)が30件である。
務台の定点観察(目黒区)は13件である。
いずれも目撃頭数が0頭の観察はカウントしていない。
宮本の定点観察の詳細は後述する。

●目撃地点の分布

目撃地点をメッシュ地図で表す。メッシュは地域メッシュ(第3次メッシュ、以下「メッシュ」)であり、約1km四方に相当する。

上の地図では生息が確認されたメッシュを塗っている。青色は今年確認したメッシュ、オレンジ色は昨年以前に確認したメッシュである。「未観察」は探索を行っていない、または探索したがアブラコウモリを確認していないメッシュである。

2017年に生息が確認されたのは88メッシュ(12.6%=全699メッシュに対する割合)である。2013年からの累計では345メッシュ(同49.4%)になる。5年かかってようやく全体の半分に達した。
上記地図の通り、都心部のほとんどで生息が確認されている。ただし、どこででも均等に生息しているわけではない。

理想としては1年(1シーズン)でほぼ全域の調査ができることだが、現実はまったく不十分である。より多くの参加者がいなければ実現不可能である。

補足:メッシュ地図について

上記のメッシュ地図のメッシュ数は699である。ただし、東京都23区以外の自治体や海が含まれる「不完全なメッシュ」が227ある。これを0.5メッシュに換算すると、585.5(=699-227/2)メッシュが実質的な面積になる。
なお、「河川敷がわずかに含まれるだけのメッシュ」は除外している。また、「どかまでが海か、河川か」の判断は宮本が行っている。このように微妙な判断が含まれるため、正確なメッシュ数を算出することはできない。

●目撃個体数

目撃個体数の最大は32頭(以上)である。30頭以上が3件。
10頭以上は計11件あったが、内9件は新港南橋での定点観察(宮本)によるものである。

●最も早い観察日

4月14日。目黒区での目撃(DBN247、務台)。

●最も遅い観察日

12月22日。新港南橋での目撃(DBN271、宮本)。

新港南橋以外では10月11日。目黒区での目撃(DBN264、務台)。

アブラコウモリの活動の終了の目安となる「最初に最低気温が10℃未満になった日」は10月19日だった。

●最も早い時刻での観察

日没50分前に観察された(品川区、DBN252、務台)。ただし、これは超音波が聴こえる同行者の報告によるものである。(40kHz程度が聴こえる人はまれにではあるが確実にいる。)
日没前の観察は全体で8件あった。

●最も遅い時刻での観察

通常の観察では、日没後224分が最も遅い(豊島区、DBN73、岳)。アブラコウモリは夜の間中、活動しているのでこの記録には意味はない。
宮本の定点観察では、午前4時台に鳴き声が記録されている(複数回)。

●気温

宮本は「GM816」というデジタル風速計(温度計兼用)を使用して計測した(2017年購入)。この風速計は安価な製品ではあるが、厳密な計測が必要というわけではないのでこれで十分であった。とは言え、精度が不十分であることが予想されたため、実測値の小数第1位を四捨五入してデータベースに記録している。この製品はAmazonで購入できる。

アブラコウモリが観測された最低気温は12℃(新港南橋、12月18日、DBN269、宮本)。15℃未満での観察は計8件あり、いずれも新港南橋でのものである。
アブラコウモリの活動限界は15℃程度と推測されているので、これはイレギュラーなことと言える。

新港南橋以外では20℃が最低気温(世田谷区、砧公園、DBN14、16、宮本)。宮本の観察(定点観察を除く)は6月〜10月上旬だったため、あまり低温ではない。

なお、宮本の定点観測では気温は記録していない。

●風

気温と同じく宮本は「GM816」を使用して計測した。

実測で最も風が強かったのは6月19日(DBN37、世田谷区)、8月26日(DBN96、江東区、若洲海浜公園)の2回で、風速3.7m/sを記録した。

●目撃場所

目撃場所を分類すると、公園・グラウンド77件、道路上55件、河川39件、運河(すべて新港南橋)30件、駐車場25件、池(止水)14件、学校(関連施設含む)10件、寺院神社9件、その他12件である。

河川には河川敷など近接する場所も含めている。
駐車場の内、宮本の定点観察は22件である。
その他とは、工事現場、空き地、私有地敷地などである。

※注:河川コード(国土交通省河川局が定めたもの)があるものは原則として河川としている。ただし、古石場川親水公園のように止水化されたり、暗渠化、埋め立てされたりした箇所は実態に合わせている。

■3.宮本の生息調査

●調査の目的

昨年に続き、未観察のメッシュを埋めることを目的とした。

●調査方法

原則として未観察の地域メッシュを優先して調査した。

前もってGoogleマップで緑地や寺社、公園、学校など生息が予想される場所をチェックし、それらの場所を調査するようにした。
調査中の移動はすべて徒歩である。バットディテクターも使用している。

●調査結果

調査結果は上に示した分布地図の通り。2017年は文京区、墨田区、渋谷区の(ほぼ)全域でアブラコウモリを確認できた。
ただし、生息数は非常に少なく、どこででも普遍的に生息しているのではない。水と緑地が少ない環境ではアブラコウモリの生息はほとんどないと言える。

2017年は念願の中央防波堤にも行ってきた。だが立入禁止の区域が多く一部でしか探索できなかった。南の島(中央防波堤外側埋立地および新海面処分場)はほぼ全域が立入禁止、北の島(中央防波堤内側埋立地)は、海の森公園はイベント等がある時だけ開園、その他は企業等の敷地ばかりで、結局のところ道路沿いでしか観察できなかった。それでもアブラコウモリを確認することができた。
中央防波堤は埋め立て開始から40年以上も経っており、アブラコウモリがいるのも当然ではある。

■4.宮本の定点観察

●調査の目的

春から秋まで通して観察を行なうことでアブラコウモリの活動の季節変化を知ることが目的である。

●調査方法

観察場所は昨年と同じく宮本自宅(杉並区高円寺南)である。記録装置の設置場所はアパート2階のベランダである。
バットディテクターにボイスレコーダーを接続し、MP3形式(128kbps)で録音した。 調査の間隔は1週間とし、原則日曜日の夕方から翌朝まで録音した。ただし、仕事の関係(日曜に働くこともある)や降雨のため(降雨が予報されている場合も含む)必ずしも日曜日に調査できたわけではない。
録音は可能な限り日没前に開始し、日出後に終了するようにした。

録音したデータはオーディオ編集アプリケーションで確認した。波形を見ればアブラコウモリの鳴き声はだいたい判別できる。それらしい波形を見つけたら、その部分の音を聞いてアブラコウモリかどうかを判別した。

●近隣の自然環境

調査場所は住宅地である。近くに河川、大きな緑地、寺社はない(最も近い緑地(寺院と神社)まで約400m離れている)。
隣接する敷地にカキノキ(柿)1本、サクラ3本(ソメイヨシノ2本、遅咲きの八重桜1本)、その他何本かの樹木があるのでアブラコウモリを誘引する要素はある。が、大量に飛来するほどの樹木量ではない。
駐車場に面していているので飛翔しやすい場所ではある。以前は夏の日没時刻頃に駐車場上空を1頭のアブラコウモリが飛ぶのを何度か見たことがある。ただし、ここ数年は見ていない。

●調査結果

(※この項では、午前0時以降であっても日付は前日としている。)

調査結果を表とグラフにまとめた。
(都合上、PDFファイルにしている。)

[表1] アブラコウモリの飛来

全観察での飛来秒数を表にしている。16時〜7時のセルの数字は飛来時間(秒)。1秒以下は切り上げている。
気温や日没・日出時刻も記載した。気温は気象庁ホームページのデータによる。
飛来秒数、飛来回数とも、無音時間が60秒以内ならば飛来が継続しているとみなしている。

[グラフ1] アブラコウモリの飛来時間
[グラフ2] 時間毎の飛来時間

グラフ1は各観察での合計飛来秒数を表している。
2017年は8月中旬と9月下旬〜10月上旬に低温・降雨の日が続いた。例年ならこの時期はアブラコウモリが活発に活動するのだが、2017年は非常に低調な結果になった。
8月9月は気温は十分高いため、活動低下の原因は食べ物である昆虫が少なかったためと推測される。

グラフ2は時間帯毎での合計飛来秒数を表している。
日没直後の飛来が例年よりも少ない。

2017年のアブラコウモリの活動は例年と違ったものになった。その原因は天候不順にあったとみていいだろう。

●最も早い時刻の飛来

飛来の最も早い時刻(日没時刻基準)は2017年8月20日で、日没4分後(18時29分)。

●最も遅い時刻の飛来

最初の飛来が最も遅かったのは2017年5月7日で、21時18分。

最後の飛来が午前4時以降だったのは6回あった(表1参照)。

●最長の飛来時間

最長の飛来時間は240秒間(6分00秒)である(7月2日の最後の飛来)。ただし、途中無音時間が計約15秒間ある。

●平均飛来時間

平均飛来時間は16.4秒。
バットディテクターの感知距離(約20m)から考えると10秒以下の飛来は、「通過しただけ」だとみなしていいだろう。120秒(2分)以上の飛来回数は3回(いずれも7月2日)、60秒〜119秒の飛来回数は10回だった(全飛来回数は249回)。いつもと同じことではあるが、ほとんどの場合では「通過」だったと言える。

●複数頭での飛来

録音データを耳で聞けば、あるいは波形を見れば飛来数が「1頭」「2頭」「3頭以上」であることが区別できる。今回の調査ではほぼすべてが1頭のみの飛来だった。7月2日に1回、7月16日に2回、2頭での飛来があった。

■5.冬も活動するアブラコウモリ群の定点観察

※注:「冬も活動する」というと「どんなに寒い日でもアブラコウモリが多数飛んでいる」ように想像されるかもしれないが、実際には本当に寒い日は活動しないし、活動する日でも1〜3頭程度のこともある。それでも普通なら冬眠期間のはずの時期であり、珍しい現象であるのは間違いない。

※注:「冬も活動する」というと「地球温暖化」や「ヒートアイランド現象」と結び付けられがちだが、この場合はまったく関係はない。

2017年は冬でも活動するアブラコウモリ群を見つけるという大発見があった。

品川駅から東へ行ったところにある新港南橋(港区港南1-6-41)の西岸はこれまでに発見した観察ポイントの中でも最も特異な場所であった。
最初に訪れたのは2014年8月、次に訪れたのは2015年8月だったが、2015年の時は20頭以上のアブラコウモリが乱舞していて驚かされた。 というのも、海水環境にコウモリが集まるということはまずないからである(橋がかかる高浜運河は完全に海水)。
小型のコウモリのほとんどは飛翔昆虫を食べている。だが昆虫は海水には弱く、淡水環境でしか生息できない。つまり海水環境にはコウモリの食べ物は無く、コウモリが積極的に集まってくることはないはずである。
海水環境に耐えて生きていける昆虫もごく少数いるが、付近の運河一帯で多数のアブラコウモリが集まってくる場所は他にはない。新港南橋だけに特殊な昆虫が生息しているとは考えにくい。
海水環境にコウモリが集まるのには理由があるはずだが、当時はまったくわからなかった。このような謎があるため、私はここを「特異点」と呼ぶことにしていた。

新港南橋は私の勤務先の近くにある。新港南橋のように安定してアブラコウモリを観察できそうな場所は定点観察に適していると言える。
そのことに気づいた今年の4月、さっそく会社の帰りに行ってみるともうアブラコウモリは飛んでいた(4月19日)。4月に目撃できるというのは観察場所としてはかなり優良である。秋にも観察を続ければ冬眠前にいつまで活動するのかが正確にわかるはずである。
そして10月から観察を再開した。

日付 時刻 頭数 気温(実測) 気温(気象庁) 水温
10/18 18時20分
3+
14.1
10/19 18時20分
0
11.5
小雨
10/23 17時05分
3+
18.4
台風21号通過後
10/25 18時13分
2
14
13.0
降雨
10/26 18時18分
20+
18
14.5
10/27 17時20分
20+
21
17.7
10/30 18時16分
0
15
13.0
台風22号通過後。木枯らし1号
11/2 16時40分
32+
21
18.7
11/6 18時25分
30+
21
15.8
11/7 18時12分
30+
21
17.8
11/9 18時22分
0
16
14.0
11/10 16時34分
10+
18
15.8
11/13 16時48分
10+
18
15.1
11/16 18時16分
3+
15
12.0
11/17 16時56分
3+
15
11.6
11/20 18時27分
2+
13
6.7
11/22 17時16分
1
13
9.7
一時小雨
11/24 18時45分
1
15
8.7
11/25
16時56分
3+
17
10.1
11/28 16時55分
7+
17
13.6
11/29 17時38分
13+
18
16.2
11/30 18時18分
2
13
9.7
直前まで小雨(傘は不要)
12/2 16時39分
0
16
7.5
22
2時間待ったが出現せず
12/6 17時45分
0
13
6.6
22
12/7 17時14分
1
13
6.7
21
観察開始から2分後にいなくなる
12/8 18時24分
0
11
7.5
21
降雨
12/10 17時33分
3+
14
11.7
21
12/11 16時54分
3+
16
13.3
21
12/12 18時25分
0
12
8.1
20
12/15 17時12分
0
12
5.0
21
12/16 16時46分
4+
16
10.6
20
12/18 17時03分
1
12
5.1
20
観察開始から5分後にいなくなる
12/19 16時48分
1
15
10.4
20
3分間だけ出現。その後、約1分間ほど超音波を確認
12/20 18時13分
0
11
6.6
20
12/21 16時36分
0
13
8.7
20
12/22 18時42分
1
13
6.2
20
2分間だけ出現
12/25 18時32分
0
10
8.6
18

※注:
 ・時刻=頭数0の場合は現場到着時刻。
 ・頭数=「+」は「以上」を表す。暗い状況では目視で頭数を正確に数えることは不可能である。頭数が1頭または2頭の場合はバットディテクターの音で確実に聞き分けられる。
 ・気温(実測)=風速気温計(GM816)で計測。
 ・気温(気象庁)=気象庁発表の10分ごとの値。計測場所は東京(北の丸公園)。
 ・水温=水温計(テトラ デジタル水温計 BD-1)で水面の温度を計測。

上の表は10月以降の観察結果である。
私は現場に行く仕事も多いため、夕方に品川駅近辺に必ずいるわけではなく毎日の観察はできない(結局は仕事のない日にも観察に行くことがあった)。
また、観察開始時刻も一定していない。遅い場合は日没から1時間以上経過して現場に到着している。
目撃がない日でも観察はだいたい30〜60分している。この時間外にアブラコウモリが活動している可能性はゼロではない。

最初に驚いたのは10月25日のことだった。この日は朝から雨が降ったりやんだりで、観察時も雨が降っていた。気温(実測)は14℃で、アブラコウモリの活動限界気温を下回っていた。この状況でもアブラコウモリ2頭が飛んでいた。当然、雨を避けて橋の下だけを飛んでいた。
これまでの観察結果から、アブラコウモリの活動限界気温は15℃程度であることがわかっている。それを下回っていて、しかも海水環境で、となるとこれは明らかに異常な状態だと言える。

その日以降も多数のアブラコウモリが飛んでいる日があった。10月下旬に20頭以上も活動しているというのはやはり経験的に異常であることがわかる。
何かおかしい、と感じ始めた私は付近の様子もいろいろと観察してみた。

新港南橋の下の遊歩道(西岸)では気温が高めの日にはユスリカ(種名未確認)が多数飛んでいることがあった。遊歩道の欄干やベンチの裏に多数のユスリカがとまっていることもあった。アブラコウモリが食べているのはユスリカであることは間違いない。
また、橋の西岸脇には電撃殺虫機が備え付けられている。つまりこの場所の管理者がユスリカの発生(しかも大発生)を認識しているということである。

新港南橋の下には消波ブロックがある。運河なので波の心配はないはずなのになぜ設置しているのだろうか。
水面をよく見ると、西岸から水がわき出しているように見える。つまり何かの水が排出されている(排出口らしきものは目視確認できない)。消波ブロックはこの排水の流れを弱めるために設置しているらしかった。
ではこの排水はいったい何か?
ネット検索してみると、少し西へ行ったところにある芝浦水再生センター(下水処理施設)からの排水(処理後の水)であることがわかった。
ということはここでは年間を通じてある程度安定した水温の水が排出されていると考えられる。冬季は周囲の海水温より温かいだろうと予想される。また、流れ出ているのは淡水のはず。この環境なら確かにユスリカは繁殖できる。
この場所でだけユスリカが大発生しているのは間違いなく、アブラコウモリが大量に集まってくるのも納得できる。これで最初の謎は解決した。

よく見ると、水中には多数の魚が集まっているのが確認できた。どうやらボラの群れのようだ。暖水に集まってきたということだろう。少数だがスズキも混じっているようだった。この魚を目当てに来る釣り人も見かけたし、魚食であるダイサギ、アオサギ、ゴイサギも現れた。

ここまでは10月末までにわかったことである。

普通は冬眠に入ってしまう11月中旬になってもアブラコウモリが現れるため、「まさか冬眠をしないかも(笑)」と思ったりもしたが、この時はまだ本気ではなかった。
ただ、同時に新港南橋の気温がおかしいことにも気付き始めていた。気象庁発表の気温よりも明らかに高いのである。気温計が不正確なのかとも疑ったが、どうもそうではないようだ。
新港南橋のひとつ南にある御楯橋でも気温を計ると、明らかに新港南橋の方が気温がわずかに高いのである(0.5〜1℃程度)。
それにしても気象庁発表値よりも5℃以上も高温というのは異常にも見える。
気象庁発表の観測場所「東京」は具体的には北の丸公園(千代田区)のことである。一般に海岸部の気候は内陸部よりも穏やかである(夏は涼しく、冬は暖かい)。そのため新港南橋での気温が気象庁発表の値よりも高めになることは実は不思議ではない。

さらに、新港南橋では排水の水温が高いことも影響していると予想された。水温のデータがどこかにあるかもしれないと思い、ネット検索してみると、実際に調べたデータがあった[文献1]。

[文献1] 中山有・神田学・木内豪(2007):下水処理場での水温観測に基づく都市下水道の水・熱輸送に関する研究,水文・水資源学会誌,No.20 Vol.1, pp.25-33.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjshwr/20/1/20_1_25/_pdf

水温データは 東京都区部下水処理場水温データ(東京工業大学神田研究室、中山有、2007年)からダウンロードできる。

下水は風呂などで使った温水を集めることになるため、冬は自然環境下での水温よりも高めになる。
12月に入ってからは水温も計測し、確かにやや高い水温であることが確認できた。
12月25日に水温が急低下したのは、この日の午前0時〜午前6時にかけて降雨があったためである。下水は雨水も集めるため、降雨後は水温が低下する。
ちなみに2017年12月の東京湾の水温は14.2℃(中央防波堤沖合)であった[文献2]。

[文献2] 東京湾環境保全調査(第三管区海上保安本部海洋情報部)
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN3/kaisyo/tokyo_kankyo/tokyo_menu.htm

水温は15〜20℃あれば、ユスリカの成長は可能なはずである。つまり新港南橋ではほぼ一年を通じてユスリカが繁殖できると推測される。
ただし、水温の季節変化(下水も夏は高温、冬は低温になる)や概年リズム(1年周期の生物の活動の変化)によって冬季の活動が低下することも予想され、どの季節でも繁殖速度が同じとは考えにくい。

そういえばユスリカの幼虫はどこで成長しているのだろうか。
水中にいることは間違いないが、遊泳力は弱いので水中に漂っていると排水といっしょに流されてしまう。
ネットで調べてみると、どうやら水底で生活しているようだ。つまりベントス(底生生物)である。そして、羽化する時(蛹から成虫になる時)は水底から水面に浮上する。ということは、新港南橋に集まっているボラは浮上途中のユスリカを食べている、あるいは流されてくるユスリカ幼虫を食べているのではないだろうか。
ボラが新港南橋に集まってくるのは水が暖かいからではなく、食べ物が十分得られるためということかもしれない(ボラは通年で見られる)。あれだけの大群を養うことができるということは、ユスリカもかなりの量が繁殖しているはずである。
それならばユスリカはコウモリだけでなくボラも養っていることになるのだ。
ちなみにユスリカの幼虫は何を食べているかというと、水底の泥の有機物らしい。

この新港南橋の水中にはユスリカが主役の「ユスリカ生態系」が成り立っていることが予想される。水中で何が起こっているのか、誰か調べてほしい。

ちなみに新港南橋の水深は5.9mである。[文献3]

[文献3] 小型船舶用 海のウォッチングマップ(公益社団法人 関東小型船安全協会)
http://www.shoankyo.or.jp/pdf/sak_20170919_map_tokyo.pdf

ここまでが11月末までである。

12月になるとさすがに出現しない日が増えてきたが、日中の気温が高い日はアブラコウモリが現れる可能性が高いことが確認できた。ただし、活動するのはほんの数頭だけのようだ。
また、活動時間が短い時はバズ音がはっきり確認できないこともあった。ユスリカがいないことがわかったため活動をすぐにやめたということかもしれない。
(注:バズ=コウモリの発する超音波のパルス間隔が通常より短くなった時の音。昆虫を捕獲する直前に発する。バットディテクターでは「ブズズズ…」という風に聞こえる。)

なお、現れるアブラコウモリがいつも同じ個体かどうかはまったくわからない。新港南橋では10頭以上が冬眠しているのは確実と思われる。それらが交代で活動しているのかもしれない。

10月〜12月の観察結果からは以下のことがわかる。
・新港南橋での気温が14℃以上の場合は出現する確率が高い。
 事前に出現を予想する場合、東京の予想最高気温が14℃程度以上が出現の目安になる。
・寒くなるにつれて出現頭数は減少している。
 また出現時間も短くなっているようだ。
・気温が高いうちは日没時刻ごろに出現するが、気温が低くなると日没後20分以降に出現するようになった。

新港南橋の現象は、温かい排水が作り出した特殊な環境によって成立している局所的なものと推定される。これは地球温暖化ともヒートアイランド現象とも無関係である。
東京都23区の下水処理施設はここだけではない。他の施設でも同様の現象が起きている可能性は高い。東京都23区以外でも同じである。近くに施設がある方はぜひ確認してみてほしい。

今回は12月末までの分しか報告していないが、アブラコウモリがこのまま活動を続けるのは確実そうである。1月以降も気温が高い日(最高気温15℃以上)はアブラコウモリの出現が予想される。
新港南橋での定点観察は4月ごろまで継続し、その後あらためて報告書を公開することにしたい。

●冬眠している? していない?

「冬眠」というと「寒くなったらぐっすり眠って春まで目覚めない」というイメージが一般的なので、新港南橋のアブラコウモリの事例はまるで冬眠していないようにも見える。
だが、哺乳類の冬眠は種によって、地域によって、さらには個体によってもさまざまなパターン(期間、体温、中途覚醒の頻度などで)が存在する。詳細は書籍「冬眠する哺乳類」[文献4]を参照されたい。

[文献4] 「冬眠する哺乳類」 編:川道武男、近藤宣昭、森田哲夫、2000年、東京大学出版会。

現在、哺乳類全般の冬眠について知ることができるおそらく唯一の日本語資料。第3章ではコウモリを取り上げている。古本でも入手困難なので図書館で探すことをお勧めする。

[文献4]によると、温帯域に生息する食虫性の小型コウモリは、冬の長期的な低温と食物欠乏を乗り越えるために冬眠という性質を獲得したのだろう、と説明されている(p109)。
また、「冬眠期間中に一度も覚醒することのないコウモリはまずいない。」(p117)
「眠りが深いと思われるアブラコウモリは、冬季はほとんど活動せず、まれに気温が12℃を超える暖かい日に1〜2頭の飛翔活動をみる程度である。」(p118)
飼育下での観察結果では「アブラコウモリの活動頻度は、6℃の恒暗条件で16日に1回にすぎず、活動時間も平均16分にとどまっている。」(p118)
といった記述もある。

つまり、アブラコウモリは冬眠中に覚醒して活動することがあり、冬に飛翔することは普通にありえることなのである。
新港南橋の事例でも「冬眠していない」ということではなさそうである。ただし、冬眠開始が遅く、中途覚醒も頻繁という特殊な状況であるのは間違いない。

Wikipediaの「アブラコウモリ」の項目では、
「冬眠期間中でも、暖かい日には飛翔する姿が見られることもある。近年、都市部では冬眠しないものも現れている。」
という記述がある(2017年12月現在)。
(ちなみに、ネットで検索するとこの記述はあちこちのホームページなどで引用されていることがわかる。時には「都市のすべてのアブラコウモリは冬眠しない」ともとれる文章に変化していたりもしている。)

この記述の内、前半の「冬眠期間中でも、暖かい日には飛翔する姿が見られることもある。」は正しいが、後半の「近年、都市部では冬眠しないものも現れている。」は信頼できるものとは言えない。これを証明するには具体的な観察記録(日時、場所等の情報がそろった記録)が必要だが、それは見当たらない。また、「近年」「都市部」が関係しているという証拠もない。
[文献4]の記述からもわかるように、「冬眠しない」のではなく中途覚醒を目撃しているのではないだろうか。

■6.他の動物の観察

●サギ類

サギ類は合計24件の目撃があった。
ただし、19件は新港南橋近辺のものである。暗くて種名を確認できなかった場合は記録していない。サギ類のねぐらは新港南橋ではない。少なくともダイサギ1頭、アオサギ1頭、ゴイサギ3頭がどこかから新港南橋に通って来るようだ。

多摩川の調布取水堰(大田区田園調布1丁目)近辺はサギ類がよく見られる場所である。調布取水堰は東急東横線の鉄橋からよく見える場所にあり、宮本は仕事の現場に行くために同線をよく利用している。ただ、座席に座っていることが多いし、混雑していることもあるのであまり熱心に観察はしていない。観察できたとしても走行中の電車内からコサギとダイサギを判別するのは難しい。今年は1度だけアオサギを判別することができたのでそれを記録している。

次に目撃地点のメッシュ地図を示す。この地図ではコサギ、ダイサギ、アオサギ、ゴイサギをまとめて扱っている。

■7.今年も反省会

それでは、今年も反省会です。

●参加者がやっぱり少ない

すいません、毎年のことで(苦笑)。コウモリはよっぽど人気がないのでしょうかね…。

昨年に続いて今年もスマートフォンのゲーム「ポケモンGO」をプレイしている集団を何度も目撃しました。品川駅近辺でスマホをにらんでいる無秩序な集団がいたならば、それは当然「ポケモンGO」ですよね(笑)。
ポケモンを探すよりもコウモリ探しを手伝ってほしいなあ…とこちらも相変わらず思っています。

●探索にあまり行けなかった

今年もあまりアブラコウモリ探索に行けませんでした。会社で1人の退社があったため、さらに仕事が忙しくなりました。早朝からの仕事もあり、体力的にきついこともありました。とにかく無理をせず継続するしかありません。
これを補うためにも、参加者は増やさねばなりません。

●今後の課題

参加者を増やすことに尽きます。
私の狙いは自分が主役になることではありません。皆さんが主役になってほしいのです。
皆様のご参加、ご意見、アイディア、実行力を求めています。ご協力よろしくお願いします。

●超音波騒音

超音波やいろいろな超音波源、超音波騒音については「東京コウモリ探検隊!」ホームページ内に情報をまとめて掲載しています。

http://tokyobat.jp/ultrasonic.htm
超音波と超音波騒音

超音波の調査研究も継続しています。ぜひお読みください。

■8.来年の予定

2018年も調査方法は基本的には変更はありません。
いつものように隊員の募集は1月1日午前0時から開始します(メールでのみ受付)。隊員資格は1年限りですので、これまで隊員だった方もあらためて申し込んでください。
申し込みメールにはお名前(ペンネームなど可、「匿名希望」も可)をお書きください。
なお、目撃情報を報告すれば自動的に隊員に登録されますので、あわてて申し込む必要はありません。

東京コウモリ探検隊!の大目標は23区のすべてのメッシュでアブラコウモリを観察することです。私一人ががんばっても限界があります。皆様のご協力が必要です。

来年もよろしくお願いします。

●宮本の来年の予定

宮本は探索を継続します。主に未観察のメッシュを探索する予定です。
自宅での定点観察も今年同様に週1回程度で実行する予定。

新港南橋での定点観察は1月以降も継続して行ないます。

■9.謝辞

隊員の皆様、今年も調査に参加していただいき、ありがとうございました。今後も末長くおつきあいお願いします。

ホームページをお読みの皆様、来年はあなたもぜひ参加してみてください。お待ちしています。


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